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「天啓パラドクス」ノベライズ
──3章10話──
- 斬り合いでの俊敏さがウソのように、のっそりとゼノアニマは這い出す。
「向こうも準備ができたみたいよ」
ソフィアは剣を握り直した。
ナディラが構える武器は戦槌。先端部はかなりの重さがあり、殴られたら「痛い」では済まない。人間を相手にする場合は攻撃力過剰の嫌いがないでもないが、ゼノアニマ相手ならその破壊力は頼りになる。
「思ったよりも動けるようになるのが早かったわね~。これだと本当に、逃げても逃げ切れなかったかもしれないわ」
「私の美しき剣さばき、見せてあげよう、ゼノアニマ!」
言うが早いか、閃光のごとき鋭さでメリッサが先陣を切った。
「基本的な作戦はさっきまでと同じ。とにかく手数で相手の動きを封じる!」
「わかった。私は、左から」
「うん、私は右から!」
ソフィアとライサが左右に回る。
ベアトリスとナディラは少し距離を取って包囲網に加わった。
「トリス、わたしたちは距離を詰められないように気を付けるのよ」
「うん……!もう、私も大丈夫……ちゃんとみんなと戦える……!」
ソフィアとメリッサ、それにライサで代わる代わる、断続的に攻撃。
やや離れた位置から、ナディラとベアトリスが牽制する。
ソフィアの言うとおり、作戦は先ほどまでと変わらないが、参戦している人数が多いほど有利なため、徐々に風向きが変わり始める。
メリッサの斬撃を回避しようとして、ゼノアニマが体勢を崩した。
「よし、ライサ、いまだっ!」
メリッサが言うより早く、ライサはゼノアニマとの間合いを詰めていた。
渾身の力をこめた斬撃が、ついにゼノアニマを捉える。
ゼノアニマの巨体が揺らいだ。
「手応え、あった……!」
低声ながらライサが戦果を口にし、ソフィアが目を輝かせる。
「いける、効いてるよ!あとは私たちの体力とゼノアニマの我慢比べ。倒せる可能性、あるよ!」
「ゼノアニマを……倒せる……?」
ライサにはまだ現実感がないようだ。
実際に有効打を与えた手応えを感じながらも、心のなかで大きく育ったゼノアニマへの畏怖を打ち消すには至らないのだろう。
だが、事実として、戦況はこちら有利に傾き始めている。
ゼノアニマの最大の武器はスピードだ。しかし、角度や相手が次々に変われば、反撃しようにも的を絞ることができなくなる。的を絞れなくなって迷いが生まれれば、足は自然に止まる。かわされていた攻撃も当たるようになる。
ソフィアが、メリッサが、ライサが、次々とその刃をゼノアニマの身体に突き立てた。
ハンペンが興奮してまくし立てる。
「こりゃ、本当にいけるんじゃないですかい!?流れ、きてますぜ!」
俺は頷いた。
だが喜ぶのはまだ早い。「いけるんじゃないか」では困る。行ってもらわなくては。ゼノアニマを倒してもらわなくては。
善戦では意味がないのだ。過程はどうあれ、勝利という結果、それこそが必要だ。
リーニャ・タウンを守るため。ソフィアを救うため。そして……。
「もう一撃!」
ソフィアの動きにも勢いが出てきた。気合いのこもったかけ声と共に鋭い斬撃が深々とゼノアニマをえぐる。
メリッサにも、軽口を叩く余裕が生まれたようだ。
「なかなかやるね。この私に勝るとも劣らない美しさだ」
「う、うつくっ……?女の子に言われると、なんだか変な気持ちになるわね」
前線の三人が斬りかかる、その間隙を縫うようにしてベアトリスがゼノアニマに、次々と突きを繰り出した。
「こっちだよ!私のうち、めちゃくちゃにした恨みっ!」
怖っ!音楽家、怖っ!
ただ単に攻撃するだけでも注意を引くことはできる、と思っていたが彼女は次々に鋭い突きを繰り出していた。動きが鈍り始めているとはいえ、俊敏なゼノアニマに対し、次々とゼノアニマの頭部を捉えている。そう、ただ当てているだけではない、当てる部位まで選んでいるのだ。
かわいらしい外見からは想像しづらい非情な攻撃に、俺は内心でベアトリスのプロフィールを修正する。
絶対怒らせちゃいけない人です……と。
しかし、そんなベアトリスの戦いぶりも、馴染みのある人物にとっては見慣れた光景のようだ。
「トリスが元気そうで良かったわ。あんなに家を壊されてたし、無事だとしても戦うなんて無理だと思ってたもの」
朗らかに笑いつつ、ナディラは魔法を放つ。彼女は戦槌のほかに、風を操る魔法を得意とするようだ。先ほど、ゼノアニマの動きを封じたのも、風を操ることで木々をなぎ倒したのだろう。さすがに同じ手は通用しないとはいえ、十分に牽制になっている。
「……さっきまでは無理だったわ。でも、あの子――ライサも戦うって、怖いはずなのに、逃げないって言いきってた。それにうちや楽器を壊されたこと考えたら、だんだん頭にきて」
「いいと思うわ~。怒りは、恐怖を忘れさせてくれるわよ、きっと~」
ナディラははんなりと笑いつつ、魔法の合間に戦槌でもげしげしと打撃を与え続ける。
……うん、この友達コンビは敵に回さないようにしよう。
「うわあ……。ね、これってなんか、おしてるんだよねっ?」
マカロンが両手を顔の前で握りしめ、俺を振り仰いだ。
「ああ。さっきまでの苦戦から逆転だな」
「みんな、がんばれーっ!マカロンはおうえんしかできないけど……」
確かに、俺やマカロン、ハンペンは五人の活躍を見守ることしかできない。
だが、その存在にもなにがしかの意味はあるのではないだろうか。
特にマカロンのような見るからに非力な少女の声援は、戦っている五人に守るべき者の存在を強く意識させるはずだ。
リーニャ・タウンを。故郷を。そこに暮らす、力なき人々を。
「ぎゃくてんしたのって、ナディラがきてくれたから?」
「もちろんそれも大きい」
「ぎゅってしたし」
意外とこだわるなぁ。なりは小さくても女の子ってことだろうか。
「ナディラが参戦してくれたのは本当に大きいし、だからこそ能力が使えたことも戦いに影響してる。でも一番大きいのは、ライサが戦う意志を見せてくれたことだよ」
これは聞いた話だが、軍がぶつかる場合、勝敗を分ける大きな要素は士気なのだそうだ。
勝利に執着する気持ちの強いほうが、その結果を引き寄せる。
相手がゼノアニマでもそれは変わらないだろう。
そもそも戦う意志がなければ、立ち向かうことすらできない。
俺はソフィアと合流できたとき、逃げようと考えた。
それはそれで正しい判断だったはずだ。だが、逃げ出していたら、勝利という結果は百パーセントありえない。
「じゃあ、ライサのことぎゅってしたら、もう、かてちゃうんじゃない?」
「日に何度も使って効果があるのかどうかだな。俺自身、能力についてあまりわかってないんだが……」
言いながら、戦場に目を向ける。
時を追うごとに五人の連携は深まっているようだった。
「ライサ、そっちにいったぞ」
「……っ、ひきつける。後ろから」
「わかったわ~。まかせといて。ほーら、後ろががら空きよ?」
人間で言えば後頭部に当たる部位にしたたかな打撃を食らってゼノアニマはたたらを踏む。
もはや俺たちの優勢は疑いの余地がない。
これ以上、俺の「力」に頼る必要があるだろうか。
俺はライサの様子をうかがった。
「はぁっ、はぁっ……ゼノアニマ……!……仇、とらなきゃ……」
さすがに息が上がっている。
あれほどの強敵を相手に戦い続けているのだ、当然だろう。
しかし、それだけではない。ソフィアやメリッサと比べても、明らかに消耗が激しい。
構えた短刀がわずかに揺れた。
……恐怖だ。
無理やり自分を奮い立たせてはいても、まだ完全にゼノアニマへの恐怖を克服できたわけではない。
マカロンが言うのは、能力どうこうの問題ではなく、彼女の心の問題かもしれない。
俺は思い切って、戦場へ足を向けた。
「ふらついてる!もう牽制なしでも、最初みたいに動けなくなってるわ」
「勝負どころだね。ここで一気に畳みかける!」
ソフィアとメリッサの剣が次々とゼノアニマを切り裂く。
「ナディラ!私たちで動き、止めようっ♪」
「ふふっ、もうこれで終わりにしたいわね」
友達コンビが息の合った連携で痛打を与えた。
「すげぇや、本当にゼノアニマをやっちまいますぜ……!」
ダメージが蓄積されていたゼノアニマは、ハンペンの声が合図であったかのようにその動きを止める。
自然と、全員の視線がライサに注がれた。
「ライサ!とどめだ!」
「最後はライサ、あなたに任せるわ!」
「……っ、わ、わかった……っ」
ライサの武器を持つ手はまだ、小さく震えていた。
俺はそれを背後から抱きすくめるようにして、そっと支える。
こちらの接近に気づいていなかったのか、恐らくそんな余裕はなかったのだろう、ライサは驚いて振り返ろうとした。
「――っ!?な、なにを」
その耳元で囁く。
「大丈夫だ、怖いことはない。そうだろ、だってもうライサはひとりじゃないんだから」
「ひとりじゃ……ない……」
熱に浮かされたようにライサは繰り返す。
震えが、止まった。
「そうだ……私は、ひとりじゃない……!」
ライサの身体から圧倒的な力の波動が溢れる。
もう俺の助けなど必要ない。
「大切な人の仇……!!はあああぁぁぁっ!!」
短刀がゼノアニマの身体を裂いて走り抜けた。
静寂。
一拍の間を置いて、その存在は砂の城が崩れるように黒い粒子となって宙に溶ける。
つい先程まで、この一帯の空間における絶対的な支配者として君臨していた、その威圧感も風にさらわれ消えていった。
「やった……やったよ!ゼノアニマを倒した!」
ソフィアが快哉を叫ぶ。
ナディラは安堵のため息をついた。
「ふう……どうなることかと思ったけど、まさか本当にゼノアニマを倒しちゃうなんてね~」
マカロンが戦場跡へ駆けつける。激戦に終止符を打った戦士に飛びついた。
「やったね!さいご、かっこよかったよ、ライサ」
だが、なかなか反応が返ってこない。
マカロンはライサを見上げてその服を引っ張る。
「……ライサ?」
「うん……これで仇、とれた……」
ライサは、目的を達した自らの武器を、強く握りしめる。
その頬を、ひとしずくの涙が伝い落ちた。
- 戦場を遠く望む森の一画。
黒い影が密やかに囁く。
「……ゼノアニマを倒したか。なるほど、貴き片鱗を受け継いでいるのだとすれば、この程度ではかなわぬというのも必然ね……」
ゆらり。
黒い影は揺れた。
「なに、簡単に終わっては面白みもないというもの。次こそ、あなたのもがき苦しむ顔を楽しみにしているわ」
感情のこもらぬ呟きを残し、影はどこへともなく消えていく。
「また会いましょう、災禍の導き手――」
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