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「天啓パラドクス」ノベライズ
──2章9話──
- 相手にはこちらの言い分を聞くつもりはないようだった。
「行くぞ!」
言うが早いか、メリッサは一直線に斬りかかってくる。
「危ない!!」
割って入ったソフィアの剣が、メリッサの斬撃を食い止めた。
「私の攻撃に初見で対応してくるとは、なかなかの腕前だね」
「それはどうも……!」
つばぜり合いを繰り広げるソフィアの面に怒りが広がる。
「ふざけた人たちだと思ってたけど、まさかいきなり襲ってくるとは思ってなかったわ」
続いてリーダーと思しき女、ヴァネッサが鞭を構えた。
「連れのあんたたちまで巻き込むのは気が進まないけど、邪魔立てするっていうんなら容赦はしないわ!」
それに対してライサが進み出る。
「こっちは私が引き受ける」
「うん、助かる!」
一瞬、ソフィアが気を散らした隙を逃さず、メリッサは攻勢に転じた。
「どこを見ている!」
「くっ、な、なんなのよっ!」
次々と繰り出される攻撃を、辛うじてソフィアはしのぐ。
俺は武術には疎い。それでも、ふざけた雰囲気とは裏腹に、彼女たちの腕が生半可でないことは、ソフィアの真剣な表情からも伺い知れた。
「芸人さんたち、マカロンたちにおこってるの?」
怯えた目で見上げてくるマカロンに、俺は生返事をする。
ヴァネッサの言葉を額面通りに受け取るなら、向こうが敵視しているのは「俺たち」じゃなくて「俺個人」だろう。
だが、どうして。
場違いな物思いにとらわれかける俺を、ハンペンの声が引き戻した。
「ダンナ……?」
「あぁ、いや。ふたりとも下がってろ。危険だ」
ヴァネッサは、いらだたしげに鞭を振り回すが、ライサは巧みにその攻撃をいなす。
「ちっ……なんでそいつを庇うのよ……!弱みでも握られてるわけ?」
「別に……」
メリッサと斬り合いを続けながら、ソフィアがこちらを追及する。
「そもそも、なんであなたは狙われてるのよ。心当たりはないわけ?」
「ねーよっ!初対面なんだぞ!」
そう叫び返しはしたものの、実を言えば思い当たる節がないではない。
が、彼女らも俺自身について詳しく知っているわけではないだろうし、個人的な恨みもないだろう。「初対面」というのは──厳密に言えば二度目だが──紛れもない事実だ。
「やっぱり不良品を高値で売りつけて恨まれてるんじゃないの!?」
「だから俺は悪徳商人じゃないって!」
一対一の戦いが二組、残りは互いに戦闘力に乏しい者同士。
膠着しているかに思えた状況だが、どうやらそれが相手の目論見だったらしい。
「ふん……そろそろね。シャーロット、準備はいい!?」
ヴァネッサの言葉に応じ、シャーロットが金属製の大きな筒を構える。
「おっけー!いくよーっ!」
「なんか、こっちに向いてる!」
それが武器だろうことは容易に想像がついた。
「しまった……よけてっ!」
ソフィアが悲鳴を上げるが、メリッサとの斬り合いを離脱してこちらを救う余裕はない。
「シャーロット・キャノン、点火!発射まで三、二、一……!」
俺がとっさにマカロンをかばって抱き寄せた瞬間、凄まじい爆発音が轟いた。
「うわああぁぁぁぁ!?」
その悲鳴は俺のものではない。まして、マカロンのものでもハンペンのものでもない。
俺に金属性の筒を向けていた、シャーロットのものだった。
恐る恐る振り向くと、周辺はもうもうたる白煙に覆われている。
「ど、どうなってるわけ、これは!」
咳き込みながら発された声から察するに、相手にとっても想定外の事態らしい。
風が流れ、煙が薄れていく。
こちらに向けられていた武器と思しき装置は、ものの見事に四散していた。
シャーロットが頭をかく。
「あっれー、また失敗しちゃったみたいだね」
「実験では成功したと言ってたじゃないのよっ!?」
ヴァネッサがこちらをそっちのけで味方に食ってかかった。
「必ずしも実験のとおりに進むとは限らないのが面白いところなんだよ」
「面白いことあるかぁーっ!!」
「まったく……。いまの煙で、私のこの美しい顔が煤だらけにでもなったらどうしてくれるんだ」
メリッサとかいうメリッサはいつの間にかソフィアと距離を取り、マントで自分の顔を覆っていた。
つい数秒前まで彼女と必死の斬り合いを繰り広げていたソフィアはがっくりと肩を落とす。
「な、なんなのよ……。ふざけてると思ったら普通に強いし、強いと思ったらまた……」
俺の腕のなかで、マカロンが嬉しそうに手を叩いた。
「やっぱり芸人さんなんだ!おもしろかったー!」
「だから面白くなんかないって言ってるでしょ!!」
ヴァネッサが叫び返す。
緊張感が一気に削がれ、空気が弛緩しかけた、そのとき。
「あ、あれは……!」
ソフィアが顔を上げた。
その視線の先、木々の間からのぞく空、そこへ唐突に浮かぶ黒い楕円形。それは見覚えのある、あのときの……。
「黒い、鏡……っ!!」
「なんてこった……」
ソフィアとハンペンがうめき、俺は焦燥に駆られる。
「ま、まさか、もう……?」
マカロンの予知が現実になってしまったのか。
青ざめる俺に、ライサは戸惑いを隠せない。
「ん、なに?どうした、みんな」
見えていないのか。あの異様な鏡が。
不吉な予感に全身が粟立つのを覚えた。
目を転ずると、俺たちを襲ってきた三人組も事情が掴めていないようだ。
「どうしたんだ、急に。周りに何かいるのか?」
メリッサは油断なく剣を構えたまま、周囲の様子をうかがっている。
ヴァネッサも、こちらの意図を掴みかねているようだ。
隙だらけと言えば隙だらけなのだが、尋常でない様子に警戒しているのだろう。
「何か仕掛けたのかもしれないわ。気をつけるのよ」
「でも、これといった変化は……」
俺にはもう、彼女らを気にしている余裕はなかった。
漆黒のそれが浮かぶ、正確な場所を探ろうと目を凝らす。木々の隙間から、もう一つの巨大な輪郭が視界に入った。
そう、黒い鏡は大ケヤキと並ぶように浮かんでいたのだった。
「大ケヤキの隣……!」
「マカロンが見たまんまだよ!」
「――っ!」
やはり、そうか。マカロンの予知が現実になってしまったのか。
早い。あまりにも早すぎる。
そして、なんの対処もできない。
今からリーニャ・タウンへ駆け戻って急を知らせようにも、俺たちが戻るよりアニマが町に辿り着くほうがずっと早いだろう。
絶望にとらわれた俺の視線の先、鏡のなかにリーニャ・タウンが映った。
そこに巨大なアニマが現れる。
悲鳴を上げ、逃げ惑う住民たち。
巨大なアニマは無雑作に彼らを蹂躙する。
「こ、これは……!」
「やっぱり町だった!」
マカロンが俺を見上げて訴えた。
「あんな、ひどい……!」
ソフィアの嘆きにライサが軽い苛立ちを含んだ声で割って入る。
「どういうこと?まさか、いまこの瞬間に予知したの?それも、あなたたち全員で?」
「予知ですって?」
ヴァネッサが眉をひそめた瞬間、メリッサが警戒を促した。
「――っ!!ヴァネッサ、後ろ!!」
「なっ、これは、アニマ!?」
同時にこちら側でもソフィアとライサが武器を構え、互いの背後に俺たちをかばう体制をとる。
いつの間にか、大量に出現したアニマに周りを取り囲まれていた。
「おまえが何かしたの!?その二つ名にふさわしいやり方ね……!」
ヴァネッサが怒りも露わに俺を糾弾する。
しかし、メリッサは冷静に指摘した。
「いや、ヴァネッサ。それはないだろう。彼らもまた襲撃されているよ」
ヴァネッサは舌打ちを一つ、アニマに向けてその武器を振るう。
「アニマだろうが、なんだろうがっ、あたしの正義の執行っ、邪魔させないんだから!!」
空を切り裂く一閃、そしてアニマは霧消した。
マカロンが感嘆の声を上げる。
「ふわぁ……いっぱつで、たおしちゃった……!」
「やっぱり、真面目に戦えば強いのよね、あの人たち」
「ひとの心配をしてる場合じゃないよ」
「わかってる!」
言葉を交わしながらも、ソフィアとライサは押し寄せてくるアニマを斬り伏せていった。
「ボクだって……いっけぇっ、ソーラ・ボム!」
シャーロットがアニマになにかを投げつける。
閃光と爆発、それに巻きこまれたアニマが一度に消滅した。
「あのひともすごい……!いっぺんにたくさん、アニマをやっつけた!」
「確実に効果が立証されてるアイテムだって、たくさんあるんだからねっ。これならボクも役に立てる!」
「できればそれ、さっき使ってほしかったけどね……!ま、その話は後ね!まずはこの状況を打開……したいところだけど……」
「さすがに数が多すぎるようだね。いまはなんとか戦えているが、このままだと」
三人組の状況判断は、奇しくもこちらのそれと一致する。
「ジリ貧ね……」
ソフィアが肩越しに俺に視線を寄越した。
「ねえ、あなたはマカロンとハンペンを連れて逃げて」
「マカロンとハンペンを、って……ソフィアとライサは!?置いていけっていうのか!?」
ライサも頷く。
「このまま勝ちきれる状況じゃない」
「ライサの言うとおりよ。逃げて!」
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