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「天啓パラドクス」ノベライズ
──2章6話──
- リーニャの森の奥深く。
人の通わぬ秘境に木々の悲鳴が響いた。
樹齢何十年、何百年という巨木が次々となぎ倒されていく。
静かな森で暴虐の限りを尽くす異形。その昏い瞳が、はるか彼方の大樹を捉えた。
異形の傍らに寄り添う黒い影が囁く。
「そう、あの忌まわしい大樹がお前の道標……。おきれいな町を、踏みにじってやるのよ」
異形は咆哮を上げた。
大樹、それは即ちヒューレーの樹。リーニャ・タウンの象徴である。
蠢く異形の傍ら、再び黒い影は囁く。
「これであの子も、自分の運命を思い出すはずよ。災禍の導き手としての、呪われた運命を、ね――」
- アニマの襲撃から一夜明けて。
俺たちはリーニャ・タウンの市街地に繰り出していた。
先頭に立ち、腰に両手を当てたソフィアが振り返る。
「よし、それじゃ作戦会議を始めるわよ 。マカロン、準備はいい?」
「うん、マカロンはへいき。でもソフィアはだいじょうぶなの?もうせなか、いたくない?」
「大丈夫よ。昨日、一晩ぐっすり眠ったらすっかり良くなったわ」
無論、少なからぬ強がりが含まれているのは言うまでもない。深手ではなかったとはいえ、魔物と戦って負った傷だ。転んで膝をすりむいたのとは訳が違う。
それに、故郷に危機が迫っているのだ、精神的な重圧もかかっているだろう。
「ぐっすりってわけにはいかなかったみたいだけどな。……無理もない」
同情を交えて呟くと、ソフィアがつかつかと歩み寄ってきて、俺の胸倉を掴んだ。その頬がほんのり赤らんでいる。
「なんで、そういうこと言うのよ!」
「またわけのわからんことで怒り出した!?」
「わけはわかるでしょ!私の寝付きが良くなかったなんて、本来はあなたが知ってることじゃないんだから!」
「え?あ……そうか……!」
俺は失言を悟って頭を抱えた。
「ああ、なるほど……」
ライサが俺に向ける目は冷ややかだ。
「時間差で気づかないで!」
「ソフィアが騒がなかったら、わからなかったんじゃないか……?」
オトナ同士の内輪もめをハンペンが遮断する。
「お嬢は聞いちゃいけませんぜ」
「ま、まぁ……とにかくよ。そんなことどうでもいいの」
「うん、えっと、まあ、本題に戻ろう 」
俺とソフィアは力を合わせ、強引に軌道を修正した。
「マカロン、襲われてたっていう、その風景をよーく思い出して。何か、特徴あるものはなかった?なんでもいいから、気づいたことを教えてほしいの」
マカロンは宙に視線を漂わせ、記憶を探る。
「んと……でっかいアニマがあばれて……」
不意に焦点の合った目で振り向いた。
「あと、そう、パン!」
「パン?」
「美味しそうなパン。お店みたいだった。あかいやねで」
さすが食欲魔人、食べ物が絡むと情報量が増える。だがその情報は貴重な手がかりだ。
「パン屋さんね!赤い屋根の……うん、知ってる。あそこね」
ソフィアは頷いて市街の一画に目を転じた。
ここからではその店は見えないが、ソフィアの脳裏に広がるリーニャ・タウンの地図にはしっかり書きこまれているのだろう。
「それでね、えっと、黒い鏡が浮かんでた。とおくに見えてたの」
「鏡があったんだな。それはかなり手がかりになる。どっちのほうに見えてたか、わかるか」
俺の問いかけにマカロンは周囲を見回し、自信ありげに指さす。
「んっとね……あっち!」
- マカロンが見たというビジョンの記憶を手がかりに、俺達は町中を移動し続けた。
その一画で足を止め、ソフィアが周囲を確認する。
「このあたりに、強いアニマが現れた……ってことよね」
「予知の場所を探して、どうするつもり……?」
ライサの疑問に、ソフィアは戦意満々、拳を振り上げた。
「決まってるでしょ。現れてから倒すんじゃ遅いのよ。ただ単にここで、相手が来るのを待っていてもうまくいくとは思えない。だから……未然に防ぐ方法を探すの。アニマが現れないようにする方法がもし見つかれば……現れてから倒すよりずっといいわ」
「なるほど……。確かに、一理ある」
無論、アニマが出現するメカニズムがわかっていない以上、「現れないようにする方法」が都合良く見つかるとは限らない。
だが、マカロンが見たビジョンを辿ることで、アニマに関するなんらかの情報が得られるかもしれないし、なにより戦うなら先手を取るに越したことはない。
「やられるまえに、やっつければいいんだ!」
マカロンの勇ましいセリフは、一面の真理だ。
「私たちの武器はマカロンの見た風景。それを活かさない手はないわ。少しでも有利な要素を増やすの」
「リーニャ・タウンが危ないってわかった以上、見捨てることはできないからな。絶対に、守り抜く」
もちろん、俺たちだけでは絶対的に手が足りない。
できれば衛兵にも助力を頼みたいが、根拠を説明できない。
「連れの女の子がアニマ出現の幻を見ました」と言っても、一笑に付されて終わりだろう。
いや、実際に昨日襲撃されたばかりだ、警戒くらいは約束してくれるかもしれない。だが、そこまでだ。注意喚起くらいにはなっても、俺達の行動に協力させるのは難しい。
それでも、例えばアニマの侵攻経路がわかれば、そこに衛兵隊を誘い出してぶつけるようなことはできるかもしれない。
ソフィアがなんだかくすぐったそうに笑った。
「なんだか今日のあなたは正義の味方みたい」
「かっこいいー!」
あまり人道的とは言い難いことを考えていたせいか、マカロンのキラキラした目が面映ゆい。
「そんなんじゃない。正義感だけで命は張れないだろ」
「ふーん?じゃあどういう理屈なのよ」
照れ隠しとでも受け取られたのか、ソフィアがにやにや笑いながら俺の顔をのぞきこむ。
ふふん、商人を甘く見るなよ。舌先三寸で相手を丸めこむのも仕事のうちだぞ。
「これは商人としての本能なんだよ。町を守ることはつまり、顧客を創出すること。商人が最も優先しなきゃいけないことだ」
「お客の放出?」
「放り出してどうすんだよ。創出な、創出。創り出すってこと」
「商売の話するときのダンナは、理屈っぽいんですよね」
ハンペンに混ぜっ返されたくらいでは、俺は止まらない。
「町の人が何かを買おうと思うのは、生活に余裕があるからだ。じゃなきゃ、生活必需品以外は売れなくなってしまう」
俺が振るう熱弁に、ライサも興味を抱いたらしい。
「なるほど。そういうもの?」
「みんなの生活にいくらか余裕があって、初めて需要が生まれるものも、あるんだよ。たとえばほら……」
俺はかけ声と共に一抱えもある機械を取り出した。
「こういうのとかね」
「これ……何?」
胡乱げなライサに俺は実演を試みる。
「それではお見せしましょう。ポチッとな」
うにょん、うにょん、うにょん。
機械が身もだえするように震えた。
「うわ、なんかうごきだした」
「どうせくだらないものよ」
ソフィアのやつ、相変わらず俺の新商品には辛辣だな。だが、これは一味違うぞ!
「くだらないとはなんだ!この自動穴掘り機はお役立ちアイテムだぞ」
「まったく、いつの間にそんなもの仕入れてたんだか」
「これを使えば簡単に穴が掘れる。庭に穴を掘れば、生ゴミを捨てたり、有意義な使い方ができるだろ」
「生ゴミ以外の活用方法は?」
ライサの冷静なツッコミに俺は返事に困る。
庭に穴を掘って、ゴミを捨てる。それさえできれば十分じゃないのか?誰も荷車に荷物を載せる以上の役目は求めないだろう?
「落とし穴、とか……?」
「ずいぶんゆっくり穴を掘ってますけど、ごみ捨てる穴を掘るのにどれくらいかかるんですかい」
ハンペンの問いには明確な答えが返せるぞ。商人として、商品の正確なスペックの把握は必須だからな。
「一週間だな」
「長すぎるでしょ!だから売れないのよ!」
「なにをぅ!」
俺はソフィアを睨みつけたが、ライサにはそっぽを向かれた。
「まあ、ガラクタはいいとして」
「ガラクタ扱いか……」
がっくりと肩を落とす。
ソフィアもこの件に関して弁護する気はないようで、勝手に話を戻した。
「それでマカロン。見えた風景と比べて、どう?」
「うん、マカロンが見たのは こんなかんじだよ。それでね、鏡はね、あっちのほうに見えたの」
マカロンの指さす方向に目を向け、ソフィアは目を見張る。
「あれは森の奥の……。マカロン、間違いないのね?」
「うん。こっちだった。それでね、おっきいアニマも、おなじほうからきたとおもう」
「黒い鏡と、大きなアニマが現れた方向が同じ……やっぱり関係性がありそうね」
ライサもソフィアの視線を追って森を眺めながら尋ねた。
「あっちには森以外に何かあるの」
「森には違いないけど、奥に見えるでしょ。……リーニャの大ケヤキ。もうずっと昔からあそこにあるらしいわ」
「あれとね、黒いのが並んで見えたの」
マカロンの言葉にライサが頷く。
「なら、目印は決まりだね」
「あのあたり、確か……『森の音楽家』が住んでいる場所ね」
「どんな人?」
「稀代の天才音楽家と呼ばれてるらしいわ。けど、人嫌いだとかで、街を離れて森の奥でひっそりと暮らしてるんですって」
「もりにすんでるの?じゃあなにか見たりしてるかなあ?」
「人嫌いなら、見ていたとしても話してくれない」
「あ、そっか……」
もっともなライサの返答にマカロンは肩を落とす。しかしすぐに立ち直った。
「美味しいお菓子をおみやげにしたら、はなしてくれるかな?」
「世の中の人がみんなマカロンみたいだったら平和なんだけどな」
食欲さえ満たしてやれば話が通るなら、様々な交渉がグッとスムーズに進むだろう。食費も人々の体型も大変なことになりそうだが。
「リーニャでは有名な人よ。名門貴族の使いを門前払いしたとか、逆に動物とは会話までできちゃうとか」
「事実なら興味深いけど」
「さすがに色々尾ひれがくっついてると思いますけどね」
ハンペンは肩をすくめてみせるが、人間と会話できる魔物がいるなら、動物と会話できる人間がいたって不思議ではない気がする。
「とりあえず聞きに行ってみても いいとは思うわ。少なくとも、いきなり襲ってきたりするわけじゃないし」
「じゃあ、しゅっぱつだね!」
拳を振り上げたマカロンは、自分では下心を隠しているつもりなのだろう、いかにも「いい子です」って笑顔で俺を見上げた
「おみやげのお菓子はほんとうにいらない?かっていく?」
買っていくよね、買っていってくれるよね、お願いだから買っていって。
そんな心の声が聞こえるようで、俺は思わず苦笑した。
「それ、マカロンが自分で食うつもりだろ……」
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