天啓パラドクス(テンパラ)公式小説

「天啓パラドクス」ノベライズ

──3章6話──

  • メリッサをメンバーに加えて進むことしばし、ライサが前方を指さした。
    「見て、あそこ」
    「なんかある!木じゃないやつ!」
    マカロンが身を乗り出すようにして注視する。
    それは明らかに人工的な建造物、それも居住を目的としたもののように思われた。
    「どうやら、あれが『森の音楽家』ベアトリスの家のようだね」
    メリッサもベアトリスのことは知っているようだ。ベアトリスの知名度が高いこともあるが、在所まで知っているとなるとメリッサはそれなりに博識と考えていいだろう。
    「大ケヤキ、見えた!とおもったのに、そこからとおかったね」
    「『ヒューレーの木』に次ぐ大木だからね。見えたくらいじゃ、まったく近付いたことにはならないんだよ」
    マカロンはメリッサに対しても隔意なく接し、メリッサもまたマカロンには年長者としての余裕を持って対応している。
    価値観は非常に独特だが、メリッサも根は決して悪人ではないのだろう。
    そのメリッサにつけ狙われる俺は一体何者か、という問題になるが。
    「道も何度も迷ったし」
    ちらりと横目で俺を見ながらライサが指摘した。
    声音に非難の色はないが、その事実は俺に刺さる。
    ライサは言うまでもなく、メリッサの技量も確かなもので、アニマとの戦いは格段に安定感を増した。
    自分だけなんの役にも立てていないのが申し訳なくて、道案内を買って出たものの、結果はお察しというわけだ。
    「そ、そうだな。慣れてるつもりだったんだけど……」
    「別に責めてないけど」
    むしろ責めてくれ。責められて謝るほうがすっきりする。昔の記憶などという不確かなものをアテにした自分が情けない。
    「やっぱり森歩きは姉御じゃないといけませんな」
    俺と同じく役立たず組のくせに、ハンペンは遠慮も容赦もなく論評を加えやがった。
    それを聞いてマカロンが目を輝かせる。
    「はやく、はやく!ソフィアもいるかな?」
    今にも走り出しそうなマカロンを、ライサが制した。
    「……待って、マカロン。慎重に」
    「ふぇ?なに?あ、うるさくしたらおこられちゃう?」
    「ベアトリスは気難しいという噂もあるが……そういう意味ではないんだろう、ライサ」
    ライサは頷き、慎重に周囲の様子をうかがう。
    「静かすぎる」
    「ああ。気配がまったくしない。ソフィアはもちろんだが、誰の気配も感じられないというのは……」
    俺たちは警戒しつつベアトリスの住まいと思しき建造物に近づいた。
    「……っ!これは」
    「おうちが……めちゃくちゃになってる!」
    「どうやら我々より先に、アニマが襲撃したようだね。それにしても、ひどい有様だ」
    遠くからではわからなかったが、横手に回ると壁があったと思われる部分が綺麗さっぱり吹き飛んでいる。
    ライサとメリッサは、かつては居心地の良い部屋だったのだろう室内跡に足を踏み入れ、様子を確かめた。
    「この散らばってるの、楽器だよね」
    「そうだね。おそらく、このあたりが弦楽器の残骸、こっちが打楽器の残骸。さすがは森の音楽家、様々な楽器を使いこなせるようだ」
    ライサの表情が緊張感を増す。
    「……音楽家にとって、楽器は大事なもの」
    「守ることなんて、到底できない状況だった……ということか」
    粛然と呟いてメリッサは楽器の残骸を拾い上げた。
    「ベアトリスってひとは、どこいっちゃったの?だいじょうぶなの!?」
    「影も形もねぇんだ、逃げたと思いたいですがね」
    ハンペンの言葉に頷いて、俺は状況の確認を提案する。
    「瓦礫に埋まっている可能性もある。みんなでひととおり捜してみよう」
    「そうだね。まだ捜索された形跡はないし」
    ライサは建物の様子を確かめながら、部屋の奥へ足を進めた。
    マカロンは周囲を見回す。
    「ソフィアはきてないってこと?」
    「たぶんな。この状態を見たら俺たちの合流を待つはずだ」
    「これが、ゼノアニマの脅威、というわけか。ライサの忠告が、今になって実感できるね」
    メリッサは手にした楽器の残骸を、丁寧に元の場所へ戻した。
    「これはゼノアニマの仕業で確定なのか?他の魔物や、今までに遭遇したアニマと同じってことはないのか?」
    俺の疑問に、メリッサは室内の一画に向かってアゴをしゃくる。
    「このあたりを見てみるといい。外壁は破壊されているが、残った部分に傷がないだろう。つまり、一撃で破壊したということになる」
    その言葉通り、メリッサが示した位置の家具などに目立った損傷はない。
    「リーニャ・タウンでもアニマに襲撃されたが、さすがに一撃で建物を破壊するほどではなかったからね」
    つまり、この家を襲ったのは強力な個体と考えて間違いないだろう。ライサの言うゼノアニマ……アニマの上位種の可能性が極めて濃厚だ。
    それはそれとして、メリッサの言葉が示す事実に俺は気づいた。
    「あのときメリッサたちもいたのか」
    「無辜の市民が襲われているのを看過できないだろう。我々は正義の使者なのだからな。まあ、エンジンの調子が戻らなかったことも一因だが……」
    住民を守ってアニマと戦ったということなのだろう。道化めいた言動はさておき、根本的な部分ではわかりあえる人種のようだ。それがどうして、俺を目の仇にするのか。理由は一つだ。しかし、どうやってそれを――?
    彼女らの行動の経緯を尋ねようとしたとき、マカロンが歓声を上げる。
    「美味しいにおいがする!!」
    「え?どういうこと?」
    怪訝そうに振り向いたライサに、マカロンは家の奥を指さした。
    「こっち!あまくて、ちょっとすっぱくて……」
    止める間もなく、そちらへ進んで行ってしまう。
    俺たちは慌てて後を追った。
    「あ、ほら、これ!」
    マカロンは床に屈みこむ。
    脇に落ちているものをメリッサが手に取った。
    「地面に果物の破片?いや、これは加工品だ。ドライフルーツ……これはイチジクだな」
    「はむっ」
    マカロンは躊躇なくそれを口に入れる。
    「あ、マカロン。拾い食いはダメだよ」
    「美味しい!」
    「もう……マカロンってば」
    ライサの注意など聞いちゃいない。まぁ、行儀的な側面からは褒められた行いではないが、住宅のなかにあったものなら毒物などではないだろう。
    メリッサは手にしたドライフルーツをマカロンに放った。
    マカロンはそれを空中で見事、口に収める。
    「ここはダイニングだったのかもしれないな。他にも食器の破片が向こうにあるし、この木片はおそらくテーブルだね」
    「たまたま留守にしていた、なんて都合のいい話はないか」
    メリッサの見立てに頷く俺に、ライサが床を示した。
    「ねえ、見て。これ」
    「これは……足跡?ドライフルーツの近くに、たくさんついているな」
    「逃げ惑った様子がある」
    「最終的には、向こうへ逃げているみたいだね。追ってみよう」
    返事を待たずにメリッサは歩き出す。
    俺はまだ床に落ちたドライフルーツを漁っているマカロンを促した。
    「でかした、マカロン。行くぞ」
    「え?なになに?どういうこと?」
    「マカロンのお手柄、ってこと」
    足跡がある。死体がない。
    つまり、この家の住人……恐らくはベアトリスが見つかるかもしれない。
  • 俺たちは足跡を追って廃墟と化した住居を出、森のなかを進む。
    俺の目にはさっぱりだが、ライサには追跡可能な痕跡が残っているらしい。
    「このあたりまで足跡が続いて……」
    「あっ!あそこ!だれかたおれてる!」
    マカロンが斜め前方を指さし、俺たちは一斉にそちらに目を向けた。
    「茂みの向こうで隠れて……いや、倒れているみたいだ」
    真っ先にメリッサが駆け寄り、ライサがそれに続く。
    「大丈夫か!」
    「しっかり!!」
    倒れていたのは、まだ若い女性だった。なんとなく偏屈な老婆を想像していたので、やや面食らう。だが状況からして、こんな森の真ん中に他に住民がいるとも思えなかった。
    俺は歩み寄り、女性の首元に手を差し入れた。
    「どうだい、生きているのか」
    「うん、脈はある。見たところ怪我もしていないし、たぶん気を失っているだけだと……」
    そう言いかけた瞬間、俺は指先に痺れるような刺激を感じる。
    同時に女性の身体がピクリと跳ねた。
    「……っ!?」
    それを見てライサが顔を上げる。
    「あなたが触れたら反応した。もしかして」
    その後をメリッサが引き取った。
    「彼女も私たちと同じように、彼の能力の影響を受けるということ?」
    「またですかい!?」
    ハンペンが見開いた目を俺と倒れていた女性に交互に向ける。
    俺は指先を呆然と見つめていた。
    「まいったな。めったに出会わなかったのに、ここのところ本当に連続しすぎだ」
    ライサが「受け取れる」体質だったことがそもそも珍しい。
    それなのにメリッサ、そしてまたこの女性と、立て続けに遭遇している。
    吉兆か凶兆か、それはわからないが、今回に関しては好都合だ。俺の力を分け与えれば、彼女を回復させることができるはず。
    俺は小柄なその身体を抱き上げ、そして強く抱きしめる。
    「そのひと、どうしたの?しんじゃわない?げんきになる?」
    「いま、元気になってもらおうとしてるとこ」
    温かな力の波動を感じたかと思うと、ぐったりしていた彼女も反応した。
    ヒュッと息を吸う音がする。
    俺は女性の身体に回した手を少し緩めた。
    彼女は軽く咳き込み、目を開ける。
    「あ、あれ、私……?」
    「よかった、気がついたか。きみ、名前は」
    「私は……ベアトリス……」
    俺たちは目を見交わして頷き合った。
    「やっぱりベアトリスだったね」
    「ということは、あの家の惨状と併せて考えても、ゼノアニマの襲撃に遭った、と考えるべきかな」
    聞き慣れない言葉だったのだろう、ベアトリスは「ゼノアニマ」と繰り返す。
    「そう。私たちは、あなたの家からここまで来たの」
    頷くライサの横から、マカロンが顔を出した。
    「あっ、そうだ。おいしいおかし、ごちそうさまでした」
    「マカロン、お礼を言うのは大切なことだけど、いまはそれどころじゃないから……」
    だが、ベアトリスはマカロンを見返して首を傾げる。
    「なんのこと……?」
    「あなたの家にドライフルーツが散らばっていたの」
    「結果的には、それがキッカケになって、ベアトリスを発見することができたんだ」
    ライサとメリッサの説明を受けて、ベアトリスは小さく頷いた。
    「そっか……じゃあ、私は……ナディラに助けてもらったんだ」
    「ナディラ?」
    「ジャハラから来た友達……私を訪ねてきてくれて、それで、ドライフルーツのお土産もあの子が」
    言葉半ばで、ベアトリスは咳き込む。
    「大丈夫か。俺の手をしっかり握って」
    俺はベアトリスのそれと重ねた手に少し力をこめた。
    ハンペンが言葉を添える。
    「手を握るだけで楽になるはずですぜ」
    ベアトリスも握り返してきた。
    力を与えるとき特有の感覚が通う。
    「……あの子が帰ってから、見たこともない魔物が襲ってきて……。でも、ナディラが巻き込まれなくて、よかった……」
    自分が襲われ、気を失っていたというのに、友人を気遣う。
    優しい娘なのだろう。人嫌いと聞いていたが、噂などアテにならないものだと思う。
    「急かしてしまって申し訳ないが、その見たこともない魔物が襲ってきたときのこと……覚えているなら聞かせてほしい」
    メリッサの真剣な声音に、ベアトリスは小さく頷いた。
    「うん、いいよ……。おかしいと思ったのは、お茶を片付けてたとき……」
  • //6話END
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