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「天啓パラドクス」ノベライズ
──1章4話──
- 目の前に登場した城のような、なにか。
どこか無理やり増築したようなアンバランスな外観のせいか、大きさのわりに威圧感を感じない。
それでも、突然の超常現象にソフィアは動揺を隠せなかった。
「友達?って、こ、これって建物よね?」
「ともだちだよ。おもいだした。いままで、マカロンたちふたりだけだったの」
「ひとり、ふたり、って数えるので合ってんですかね、こいつは」
さしものハンペンのツッコミにも、日頃の勢いがない。
「あめがふったら、なかにはいれるの。おいでっていえば、じぶんでもうごけるし」
まぁ、この外見からして、中に入れるというのは頷ける。しかし、これだけの大きさの物体が自分で動けるとなると、それはちょっとした驚異だ。
「ごめんね、ひとりにさせて」
マカロンの言葉に「友達」とやらは、もそもそと身じろぎした。
「え、え、うそっ、動き出したーっ!?」
予め「動ける」と聞かされていても、実際にその光景を目にすると圧倒的な迫力がある。
「いっしょに、ついてきてくれるんだよ」
「こ、これが友達……」
「予想外すぎて声が出ないな……」
呆然と見上げる俺とハンペンを「友達」の「目」が見下ろす。
いや、それが正しく「目」なのかは定かでないが、前方部を覆う装甲はまるで鉄仮面のようで、その奥で丸い光がふたつ、きょろきょろとせわしなく動いている様子は、いかにもそれらしい。その動きには確かに自我を感じられたし、それに……なんだか、かわいいとさえ思ってしまった。
初見の衝撃から立ち直ったソフィアが、引きつった表情をこちらに向ける。
「友達は見つかるには見つかったけど……これ、じゃあ後はよろしく、ってわけにはいかないわよね」
「……予定通り、リーニャ・タウンに連れていくか。マカロンの記憶喪失も解決してないしな」
他にこれといった手立ても思い浮かばない。しかし、ハンペンは考えを先に進めるよう促した。
「連れて行って、医者に診せて、その後はどうするんですかい」
「それは……」
返答に窮する俺にソフィアが助け船を出してくれる。
「誰か、この子たちのこと知ってる人がいるかもしれないでしょ。都会なら人の数も多いし。見つからなかったとしても、保護してくれるところはあると思うわ。そのへんはまかせて。一応、地元だし」
力強く請け合って、ドン、と胸を叩いた。
まだ子供の頃から知っている身としては、立派に育った胸元を見る目にも複雑な感情が混じる。本当に効果があるかも分からないバストアップ体操に勤しむ姿を見守ってきたのだ。感慨深いというか、なんというか。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
すかさず飛んできたじと目から顔を背け、俺はマカロンの意志を確かめる。
「俺たちは、リーニャ・タウンってところに向かってたんだ。行くあてがないなら、俺たちと一緒に来ないか?」
「う?ごはんたくさん食べられる?」
「もちろん。人がたくさんいるから、ごはんもたくさんあるわよ」
「ごはんあるなら、食べる」
なんだか噛み合っているような、いないような会話だ。
当事者のソフィアも首を傾げる。
「んん?ついてくるっていう意味でいいのかな……?」
「いいんじゃないか」
おざなりに応えて、俺はマカロンに笑いかけた。
「町に着いたら、美味いもん腹いっぱい食わせてやるからな」
「やったぁー!」
小さな身体を思い切り伸ばしてマカロンは万歳をする。
なんとも微笑ましい光景だったが、ハンペンの冷ややかな声が俺の感慨に水を差した。
「知りませんぜ、ダンナ。そんな安請け合いして。あっしのカンだと、この子は常識じゃ考えられない量を食べますぜ」
「えっ……ま、まさかぁ」
とは言ったものの、先ほど新開発のお菓子を平らげた様子を思い返すと、根拠のない山勘と斬り捨てることはできない。
俺は不安を払拭しようと自分に言い聞かせる。
「いまはちょっとお腹が減ってるだけだろ。こんな小柄なのに……」
「いいんじゃないの。自分の財布から出す分には、私は文句ないから」
頼れる旧友は俺の不安を和らげるどころか、突き放しやがった。
早くも後悔を覚える俺をよそに、ソフィアが出発を宣言する。
「途中、魔物がまた出るかもしれないわ。気をつけて行くわよ」
「はぁーい!」
屈託のないマカロンの笑顔が、俺には近い将来の破産の前触れに思えてならなかった。
- 荷車を引いてリーニャ・タウンへの街道を進む。
背後からマカロンの「友達」の巨体がついてきていた。
振り返ってハンペンが感嘆とも警戒ともつかない呟きを漏らす。
「この友達……。ほんとにちゃんと、あっしらの後をついてきてますね。なんか圧迫感がすごいですぜ……」
正直、俺も追われているようで微妙に居心地が悪い。が、「友達」を悪く言われればマカロンが凹むだろうから、ハンペンの呟きは聞き流して周囲を見回した。
「そろそろ暗くなってきたな。このあたり、ちょうど良さそうだし野営の準備をするか」
「やえい?」
「夜はやっぱり危ないでしょ。足元も見えないし、魔物もいるし」
「だから夜が明けるまでは移動を止めて、食事したり身体を休めたりする時間にするんですぜ」
ふたりの解説にマカロンはわかったのかわからないのか曖昧な相槌を打ち、ソフィアが荷台から引っ張り出したテントを見て首を傾げる。
「それは、なぁに?」
「テントよ。この中で寝るの」
「そのあたりの知識も記憶喪失で失くしたのか」
「いや、もともとマカロンのお嬢は、旅なんかしたことないのかもしれませんぜ」
その可能性は十分ある。
俺のような行商人からすれば旅はほぼ人生とイコールだが、生まれた土地を離れることなく一生を終える者も多いだろう。いや、むしろそちらのほうが多数派かもしれない。
だが、どうやらマカロンの問いはちょっと違う意味を持っていたらしい。
「ともだちのなかでねればいいのに」
「え?友達の、中……?」
- マカロンに先導され「友達」のなかに入った瞬間、俺達は思わず声を上げた。
「うお、広っ!」
ハンペンの叫びに頷いて、俺は周囲を見回す。いかにも快適な居住空間という雰囲気だ。
「盲点だった……そうだよな、どうみても建物なんだから、当然、中にも入れるよな。いやこれ、かなり快適だぞ……」
旅の間はテントで寝るのが当たり前だが、お世辞にも快適とは言い難い。夏は暑いし、冬は寒いし、虫に刺されたり、横になれば小石が当たって痛かったりと、あまり「屋外」を遮断できない。
その点「友達」のなかは明らかに「室内」だ。
「マカロンとともだちだけのときは、ここでねてたよ」
あちこちの扉を開けてなかをのぞいて回ったソフィアが目を輝かせて振り向いた。
「どうなってるの、これ……!ちゃんと部屋も分かれてるし、家具まであるんだけど!」
そして俺にとって重要なポイント。
「荷車まで積み込めるなんて……」
マカロンの「友達」にはガレージのような一画があり、車両を収納できる。ひょっとしたら騎獣をつないでおくための厩舎もあったりするかもしれない。
「待てよ、移動するときも積み込んだままでいけるよな……」
「さすがダンナ、順応が早いですな」
「いやだってハンペン、荷車を引かずに旅ができるなんて、こんな快適なことないぞ」
この「友達」は、なんなのだろう。魔法によって生み出された道具なのか、それとも未知の生物なのか。
手に入れることができれば、行商がグッと楽になる。いや、それは「行商」の範囲を超える取り引き規模になるだろう。一人隊商とでも言えばいいだろうか。もっとも、扱う品物が増えればその分、護衛の人数も増やす必要がある。いや、自分で動けるくらいだ、防衛力も備わっているんじゃないか?
この「友達」はマカロンのものだから取り上げるわけにはいかないけど、もし同種、同族がいるなら俺も是非、誼を結びたい。
とはいえ、マカロンが記憶を失っていると思しき現状、「友達」についても詳しい情報を得るのは難しいだろう。惜しい、実に惜しい。
俺が夢想を広げて身もだえしている間に、戻ってきたソフィアがマカロンに声をかける。
「そう言えばマカロン、友達の名前は?もしかしてそれも覚えてない?」
「うん……。マカロンもおぼえてないし、このこもさっききいたら、おぼえてないって」
「この子も……って、えっ、記憶とかある感じなんですかい?一応、生き物なんですかね……?」
どうやらマカロンはこの「友達」と会話ができるということらしい。となると、道具よりは生物に近い性質を持っていると言えそうだ。
「ねえ、じゃあこの子にも名前を付けてあげない?一晩泊めてもらうんだし、お礼ってわけじゃないけどさ」
「なるほど」
俺が頷くと、マカロンが目を輝かせて俺を見上げた。
期待されている……!ならばその期待に応え、素晴らしい名前をつけてやらねばなるまい……!
「そうだな、じゃあ……『ミルフィーユ』でどうだ。長いから、ミル」
「ミル……!」
マカロンがパッと明るい表情になる。
どうやらご満足いただけたようだ。
「あなたが付ける名前は全部、食べ物ばっかりよね」
「あっしに付けていただいたこの名前も、テーセツあたりの食べ物なんですよね?だいたい、長いからって。最初から短い名前にしないんですかい」
フッ。やはり俺の感性を理解できるのはマカロンだけのようだな。
「それはそれ。名前っていうのはちゃんと意味があるんだぞ。ミルフィーユっていうのもお菓子の名前なんだが、何層にも重なった……」
「ミルだって!かわいいなまえになってよかったね!」
マカロンは手近な柱に駆け寄り、小さな手でペシペシと叩きながら我がことのようにはしゃいだ。
「聞いてないみたいだけど」
「いいんだ、後々実感してくれれば……。自己満、自己満」
と、いきなり床が上下に揺れる。
ソフィアが悲鳴を上げた。
「きゃっ!?じ、地震!?」
「いや……」
窓の外を見ると木々は揺れていない。どうやら「ミル」自身が揺れたようだ。
その現象にマカロンが解釈を与えてくれた。
「ミルもよろこんでるよ。きにいったみたい」
なるほど。今の揺れは、人間に例えれば喜んで飛び跳ねた的なリアクションだったのか。
ソフィアはそれを聞いて「良かったわね」などと和んでいるが、俺とハンペンは現実的な懸念を共有して顔を見合わせる。
「いま喜んで揺れたとき、荷車が壊れてなきゃいいですけど」
「うん、そうだな……。また赤字が……」
なかにいる俺達に被害が出ていないのだから、荷車も無事だと思いたいが、なにしろ相手は正体不明の存在だ。なにがどうなっているのか見当もつかない。
「マカロンはその友達……ミルと、お話ができるの?」
「うん。ミルは、マカロンがさみしくないように、っていっぱいおはなししてくれるの」
「なるほど……。そう言えばさっきも、マカロンお嬢の声に反応して、くっつき始めてましたね」
「マカロンが『でておいで』ってあいことばをいわないと、いうこときかないって、やくそくなの」
「ミルのほうも、記憶を失くしても合言葉は覚えてたのね」
「ふたり、まとめて記憶喪失か……」
マカロンの問題が解決されることを期待して友達とやらを探しに来たはずが、問題が倍になってしまった。
いや、ミルという存在そのものを考慮に入れれば、むしろ謎は増えたと言っていい。
なにやらとんでもない事態に巻きこまれてしまった気がして頭が痛い。
しかし、ソフィアは先行きのことよりも、今夜の宿が快適なものであることに浮かれているようだ。
「じゃあ今夜はここでお世話になりましょ。このまま行けば、明日の昼過ぎにはリーニャ・タウンに着くはずよ」
「わーい、みんなでおとまり!」
再びマカロンは喜色満面、万歳をする。
どうやら「おとまり」という概念に関する記憶は失われていないようだ。
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