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「天啓パラドクス」ノベライズ
──2章4話──
- どうにか店内に入ってきたアニマを撃退し、俺たちは店を出た。
そこには、アニマの襲撃を受けて混乱を極める町の姿があった。
「町全体が襲撃されてるの……!?このままじゃ、リーニャ・タウンがめちゃくちゃになっちゃう!」
「ひどい……またいっぱい、 ケガしてる人が…… 」
悲しげにうつむいたマカロンが、ハッとしたように俺を見上げて訴える。
「これ……ねえ、これ知ってる……!」
「知ってる?」
「マカロン、これ……見たことある…… 」
その言葉の真意を質そうとしたとき、物陰から現れたアニマが飛びかかってきた。
「危ない、こっちよ!!」
俺たちをかばって前に出たソフィアが剣を振り下ろす。
アニマは黒い粒子となって霧消した。
しかし、次々と新手が現れる。
「あんたたちなんかの、好きに……っ、させないんだから!!」
斬り払い、断ち割り、叩きつける。
気迫のこもった攻撃が次々とアニマを打ち破った。
「さっすが姉御!!」
「ソフィア、つよい!あっというまだった!」
ハンペンとマカロンの称賛が我がことのように誇らしい。
「前にも言ったけど、ここはソフィアの故郷だからな。ただ魔物を倒してるだけじゃない。そりゃ気持ちも入るよ」
ソフィアはほんのわずかに口元を緩め、額の汗を拭う。
「……でも、安心して。今の私はあなたの護衛よ。あなたたちの安全を最優先に動くわ」
「ソフィア……」
「っていうかね」
振り向きざま、ソフィアは再び現れたアニマを薙ぎ払った。
「正直なところ、みんなを守るので精一杯。町まで守る余裕なんてないわ」
それはそうだろう。ソフィアがどれほど強いとしても、ひとりでできることには限界がある。
なら俺が考えるべきことは、ソフィアの力が及ぶ範囲で、ソフィアを含め全員の安全を確保するための行動方針だ。
緊張が顔に出たのか、ソフィアが俺に微笑んだ。
「でも、心配しないで。逆に言えば、あなたを守ることならできる。やってみせるわ。そのために……剣をとったのよ」
「ソフィア、ひだり!」
危険を告げるマカロンの声に鋭く反応し、ソフィアはそちらに踏みこみ剣を繰り出す。
だがその瞬間、死角から現れた別のアニマがマカロンに手を伸ばした。
「マカロン!」
「ふぁ……っ!?」
とっさの判断でマカロンに体ごとぶつかるようにして、攻撃から庇う。すぐに背中に、アニマの攻撃による痛みが――
「……?」
覚悟していたはずのダメージがいつまで経っても感じられないことに不審を覚えて顔を上げる。
見慣れない少女が俺を見下ろしていた。
銀の髪を短く切り揃え、左右の手にそれぞれ短刀を構えている。恐らくはその短刀がアニマを退けたのだろう。
「あの一瞬で、女の子を身を挺して守った……。なかなか腹が据わっている……」
状況が飲みこめず戸惑う俺の下へ、ソフィアが引き返してくる。
「大丈夫!?」
「あ、あぁ、なんとか……。マカロンは?」
「へいき」
「良かった……」
ソフィアの肩から力が抜けた。
「あなたが助けてくれたのね。ありがとう」
「あんたがいてくんなきゃ、どうなってたことか」
ふたりの謝辞に銀髪の少女は首を振る。
「礼を言うのはまだ早い。……次、くる」
油断なく短刀を構え直した少女の視線の先に、迫り来るアニマの姿があった。
- 実際には、それほど長い時間ではなかったのだろう。
しかし、次々と襲ってくるアニマに神経をすり減らす攻防は、その何倍もの長さに感じられた。
町の衛兵が出動し、組織だってアニマを撃退し始めたことで、ようやく事態は沈静化に向かう。
俺たちの周囲も、目に映る範囲にアニマの姿はない。
「ふう……なんとかなったわね。一歩間違えれば、どうなっていたかわからないけど」
ソフィアは剣を収め、見知らぬ少女に微笑みかけた。
「あなたにも、かなり助けられたわね」
「……大したことじゃない」
「私はソフィアよ。改めてお礼を言うわ」
まだ生命の恩人に礼を言っていなかったことに気づき、俺は慌てて謝意を伝えると名を名乗り、マカロンのことも紹介する。
銀髪の少女は小さく頷いた。
「ライサ。私の名前」
「ライサね。あなた、すごく強いのね」
ソフィアは感嘆を隠さない。
しかし、ライサの返事は素っ気なかった。
「普通だと思う。大したことはない」
「あの戦いぶりで普通って言われたら、私の立つ瀬が……」
苦笑したソフィアが顔をしかめる。
どうした、と尋ねようとして俺は異常に気づいた。
「おい、背中……血が滲んでるじゃないか」
「せなか、まっかだよ!」
「姉御!?」
ソフィアは気丈にも笑みを浮かべてみせる。
「これくらい、かすり傷よ」
「言ってる場合か。とにかく医者に……」
言いかけて、思い直した。
この状況ではどこの医者もてんてこ舞いだろう。ソフィアを連れて行っても、すぐに診察してくれるとは限らない。
「応急手当くらいさせてくれ」
俺はとりあえず通行の邪魔にならない場所にソフィアを座らせ、傷の様子を確かめる。
幸い、それほど深くはなさそうだ。しかし、傷口がかぎ裂きで、止血には時間がかかるだろう。
俺の脇にライサが屈みこんだ。
「手当てなら手伝う」
「いいのか?いや、いまは手を借りるべきだな。助かる、ありがとう」
「いい。これくらい、慣れてるし……」
先ほど披露した剣の腕前を思えば、ケガの応急処置に慣れているのも道理だ。恐らくはソフィアの同業者か、それに近い身の上なのだろう。
「いたそう、ソフィア……」
自分のほうが痛そうにマカロンは表情を歪める。
ソフィアは「平気よ」と笑いかけ、話を逸らした。
「ねえ、そう言えばマカロン。さっき言いかけてたの、どういうこと?これ知ってる、見たことあるって……」
「そういや、そんなこと言ってましたね」
ハンペンも頷く。
俺も思わず顔を上げた。
アニマの襲撃で有耶無耶になってしまったが、かなり重大な発言のように思えた。
もしもマカロンがこの惨禍を察知していたのだとしたら。
「あっ……!う、うん、マカロンはね、あのね、さっきのあれ、鏡がでてきたときに、見た気がしたの……」
「鏡って、私たちがリーニャ・タウンに着いたときに幻のなかで見た、あの黒い鏡のこと……?」
「うん、その鏡だよ。けど、みたのはもっとまえ。さっきの魔物……アニマがね、ここにいっぱい、わーってきてたの」
「……町がアニマに襲われてるところを見たってこと?事前に?」
ソフィアが眉をひそめ、俺とハンペンは顔を見合わせる。
それが事実なら、マカロンにはなにかしら特殊な力が備わっているのかもしれない。
「そのときはね、どこかわかんなかったの。でもいまは、わかるよ。だって、おうちとか、にてたから」
「建物の特徴ってことか……?確かに、町ごとに建物に特徴があるのは俺もわかるが……」
国が違えば気候も違う。リーニャと国境を接している国でも、砂漠の国ジャハラや島国テーセツは国土の様子がまるで違うし、当然、建築様式も別物だ。
マカロンがどういうビジョンを見たのかわからないが、少なくともリーニャでアニマに襲われる町を見たのだと考えていいだろう。そして、少なくともここリーニャ・タウンは、アニマの襲撃を受けた。その符合は偶然で片づけるにはできすぎている。
ライサが遠慮がちに口を挟んだ。
「……この子、予知ができるの?」
「いや、それは俺たちもよくわかんないんだけどな……」
「あの黒い鏡は、未来を映す鏡ってこと……?だとしたら……」
その続きを、ソフィアは口にしなかった。
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