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「天啓パラドクス」ノベライズ
──2章10話──
- ふざけるな。
そう思った。
アニマと戦うソフィアとライサを置き去りにして自分たちだけ逃げろだと!?
確かに俺はろくに武器も扱えない。この場に残っても足手まとい以外の何物でもないだろう。それでも。
「……俺にはそんな、仲間を見捨てることなんてできない!」
だがソフィアは譲らない。
「いい、聞いて。このままじゃ全滅する。いまは逃げるしか手がないの。あなたたちを守りながら逃げる余裕は、ないのよ」
……だったら。だったらソフィアが逃げてくれ。ソフィアだけなら自分の身を守って逃げ切ることくらいできるはずだ。
そう口走りかけて、だがそんな申し出をソフィアが受け入れるはずがないことを悟り、口をつぐむ。
ソフィアが逃げるためには、俺たちがここにいてはいけないんだ。
「……わかった。合流場所は」
「あの、大ケヤキでどう。あそこなら、この森のどこからでも、だいたい見えるはず」
言い終えたソフィアにアニマが襲いかかる。
肩先を黒い影がかすめ、ソフィアの上体がわずかに揺らいだ。苦鳴が漏れる。
「ソフィア!」
ソフィアは気合い一閃、アニマを薙ぎ払った。
「私たちも、長くはもたないの……早く、行って!」
「ああ。ライサも、聞こえたな!」
「わかった。気をつけて」
この期に及んでなおも淡々としたライサの受け答えが頼もしい。ふたりが力を合わせれば、きっとこの場を切り抜けられるはずだ。
俺はマカロンとハンペンの手をしっかりとつかむ。
「ふあっ?なに、どうするの?」
「あ、ちょっと、ダンナ!?」
「走るぞ!」
「う、うん!」
俺はふたりの手を引いて走り出した。
そこから、後ろは振り返らなかった。
握った手の感触だけを確かめながら、必死に森を駆け抜け、まっすぐに大ケヤキへと向かう。
前だけを見て、まっすぐに――
- どれくらい走り続けただろうか。
夢中で走り抜けてきて、どれほどの時間と距離を稼いだのか、実感がない。
だが、もうマカロンの足がついてこない。
仕方なく、俺は足を止める。
マカロンは肩で息をしながら立ち止まり、振り向いた。
「も、もう、アニマは、きてない、みたい……」
「……あぁ」
周囲に黒い影は見えない。
なんとか逃げられたようだ──俺たちは。
マカロンは必死の形相で俺を見上げる。
「ねえ、どして?どうしてソフィアたち、おいてきちゃったの!?やられちゃわない?へいき?」
「ソフィアたちなら平気だ。きっとアニマなんかぶっ飛ばして、すぐに追いついてくる」
それは願望に近かった。
ソフィアもライサも俺たちとは違う。アニマとまともに戦えるし、そうそう後れは取らないはずだ。
それでも、戦いに絶対はない。
無事であってくれと祈ることしかできなかった。
「ほんと?だいじょうぶ?」
だいじょうぶだ、絶対。
そう言えればどんなにかいいだろう。
けれど、そう言い切れる根拠などありはしない。
言葉に詰まる俺の代わりにハンペンがマカロンを励ます。
「大丈夫ですぜ、お嬢。姉御たちの強さ、知ってるでしょう」
……そうだ。ソフィアは強い。だいじょうぶだ。
懸命に自分に言い聞かせる。
足手まといの俺たちがいなければ、より柔軟な対応が可能だろう。
なんとか切り抜けてくれたに違いない。
罪悪感が胸を刺す。
しかし実際のところ、俺たちがあの場に留まっても、ふたりの助けには全くなれなかっただろう。
逃げろと言ったソフィアの判断を信ずる他ない。
マカロンは心配そうな顔で俺を見上げた。
「これから、どうするの?」
「もう、走らなくてもいいだろう。けど、立ち止まって待っているわけにもいかないからな」
俺は顔を上げる。
合流場所は、あの大ケヤキ。
ソフィアはそう言っていた。
マカロンも俺の視線を追ってケヤキを見つめる。
「じゃあ、あのおっきな木のほうに、あるいていけばいい?」
「ああ。歩いているうちに、ふたりも来るよ」
そうなればどんなにかいいだろう。
無事に合流できて喜びあえたらどんなに素敵だろう。
だが、その願いがかなったとして、それでよしというわけにはいかない。
俺たちがこの森へ来た理由──アニマを止め、町を救う。
そのための成果は、まだなにも得られていないのだ。
このままではリーニャ・タウンは……ソフィアの故郷は。
だが、どうすれば事態を打開できるのか、今の俺にはその糸口すら見つけられなかった。
- //10話END
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