天啓パラドクス(テンパラ)公式小説

「天啓パラドクス」ノベライズ

──3章4話──

  • マカロンはメリッサと名乗る剣士を指さし、はしゃぎ声を上げた。
    「あーっ、げいにんさんだ!」
    俺は慌ててマカロンをたしなめる。
    ソフィアを欠く現状、これ以上の揉め事は避けたい。
    「おい、マカロン。そういうつもりじゃないんだろうけど、煽ってるからな、それ……」
    だが幸い、メリッサは気分を害した様子もなく、フッと笑って髪をかき上げた。
    「そうだね。芸術的な美しさを持つ人間、の省略形ということなら、確かに私は芸人だな」
    「ものすごいポジティブな解釈が出てきたぞ!?」
    って言うか「芸人」という言葉にそんな解釈を与えた人間には初めてお目にかかる。
    図らずもボケとツッコミを演じることになった俺たちに、ライサはひとり、落ち着いた態度を崩さない。
    「他の仲間はどうしたの」
    「あの状況はそちらも理解しているはず。それぞれ別方向に退いた結果、居場所どころか安否もわからない」
    俺は密かに胸を撫で下ろした。
    ここで三人組に絡まれてはたまったものではない。相手がひとりだけなら、ライサがなんとかしてくれるだろう。それどころか、俺やハンペンが加勢すれば、取り押さえることだってできるかもしれない。
    だが、ライサはすぐに実力行使に出ようとはせず、対話の姿勢を保つ。
    「私たちも同じ」
    メリッサは頷き、不意に俺を指さした。
    「もっとも、私たちの目標はそこの男だ」
    「え、ダンナですかい……?」
    「そうだ。ヴァネッサもシャーロットも、引き続きお前を狙うはず。だから、後を追っていれば仲間と合流できるというわけさ」
    どうやら三人組にとっての大ケヤキの役割を果たすことになるのは俺らしい。目印としては小さいし動き回るし適しているとは思えないのだが、彼女らの苦労に配慮する必要はないだろう。
    「この状況でも当初の目的は捨てていないのね」
    ライサの声音がやや険を帯びる。
    もしメリッサが数的不利を省みず戦いを挑んでくるなら、矢面に立つのはライサだ。
    やる気か、と言外に質している。
    だがメリッサは、否でも応でもなく、ライサの問いかけをはぐらかした。
    「散り散りになって逃げ帰ると思ったのかい。ずいぶん見くびられたものだね。この私がそんな美しくない戦いをするはずがないだろう」
    両手を広げ、思い入れたっぷりにポーズを取るメリッサ。
    俺としては自己陶酔に浸る彼女にいささかならず辟易する思いがあるのだが、マカロンはそんなメリッサまでも称賛した。
    「ふわぁ……!よくわかんないけど、なんかカッコいい……!」
    「やめろ、マカロン。あんな大人に憧れるんじゃない」
    思わず顔をしかめた俺に、ライサも同調して頷く。
    「まあでも、悪くない」
    「ふうん。仲間を付け狙う敵を目の当たりにして、悪くない……?」
    メリッサはなにやら剣呑な光を双眸に宿した。
    ライサは目に力をこめてその視線を押し戻す。
    「彼より、まずゼノアニマ。それがお互いのためだと思う」
    「ゼノアニマ……?」
    メリッサは形良く眉をひそめた。
    「十年前の災禍のときにも出現したという、あの……?」
    幸い、メリッサはこちらの話を聞くつもりはあったようで、マカロンが見た光景から一部始終を説明することができた。
    「……なるほど。確かに、お前たちとの戦いの最中に、強力な魔物に割って入られる危険があるのでは、正義の執行に集中できないな」
    実際、先の「正義執行」とやらの最中、アニマの出現によって俺たち、そしてメリッサたちも退避を余儀なくされている。
    今は人間同士で争っている場合ではないというライサの主張は説得力を持って響くはずだ。
    「私たちはソフィアと合流したい。でもこの先でゼノアニマと遭遇する可能性は高い」
    「ふん、戦力として計算しているというわけかい。未知のバケモノとやりあうんだ、私たちのような強者に任せたいのは理解できる」
    人を喰った言動はさておき、三人組の実力の高さは確かだ。いずれ改めて俺たちの敵に回ることになるとしても、対アニマという点で協力を求められるのなら心強い。
    「まあ、その点は安心してくれていい。いかにゼノアニマと言えども、この私の華麗な技の前では手も足も出ないことだろう」
    メリッサは鮮やかな身のこなしを見せ、剣を構えた。
    「おおー、よくわかんないけどすごい」
    「自信満々ですな」
    マカロンは手を叩き、ハンペンはどこか皮肉めいた感想を漏らす。
    そしてライサはばっさりと斬り捨てた。
    「あなたは、ゼノアニマと戦ったことがない」
    メリッサは誇りを傷つけられたと感じたのだろう、鋭く目を光らせる。
    「私のことなど何も知らないはずだ。何故そう言い切れる」
    ライサもまた譲らない。
    「ゼノアニマと向かい合った経験がある人は、そんなふうに軽々しく倒せるとは言わない」
    「経験など大きな問題ではない。私のこの……」
    例によって大仰な仕草で見得を切ろうとするメリッサの言葉を、ライサは淡々と、しかし揺るぎない確信を持って遮った。
    「過信ね」
    「なんだと?」
    「倒したことはない。遭遇したことすらない。脅威を正しく測れないのに、倒せるはずがない」
    それは、とメリッサが口ごもる。
    ライサの声音が静かに熱を帯びた。
    「無謀な戦いを挑んで勝てると思うの。ゼノアニマはそんなに甘くない。これまでどれだけの被害が出たのか、考えたほうがいい」
    「なかなか、言ってくれるじゃないか。この私に対して、そこまで挑発する相手は久しぶりだよ」
    なんとかペースを取り戻そうとするメリッサに、ライサは容赦なくたたみかける。
    「挑発じゃない」
    「なに?」
    「ただの事実」
    メリッサが鋭く息を呑んだ。
    今にも剣に手をかけそうな気配を感じて、俺は仲裁に入る。
    「ま、待ってくれ。まず話し合おうじゃないか」
    「話し合うだと?」
    俺は頷き、話の出発点を再確認した。
    「この森で俺たちの後を追うにしても、仲間と合流するにしても、お前もゼノアニマと遭遇する可能性は低くない。なら、この場は手を組まないか?ライサが言いたいのは、そういうことなんだ」
    「手を組む?お前たちとか?」
    一度はこちらの話を聞く姿勢を示したものの、ライサにやりこめられてメリッサは意固地になる。
    「勘違いしているようだな。私の行動を阻害するようであれば、もちろんゼノアニマと言えども排除することになるだろう。でもそれは、お前たちの手を借りることとはまったく別の話だ」
    「どういう意図で俺を襲ってきたのか、詳しいことはわからない。でも、このリーニャの森の一件が片付くまでは手を組むべきだ。この森で、ゼノアニマに対抗できる人間なんて限られてるんだ。お互いに、貴重な戦力のはずだろう」
    俺の懸命の論陣にライサが水を差した。
    「この人は気に食わない」
    メリッサに向けられた視線は冷ややかだ。
    「おい、ライサ……」
    「でも、あなたの言うことは合理的」
    だったらわざわざ挑発するようなことを言わないでくれ。
    案の定、メリッサは感情的とも思える態度で反論する。
    「冗談じゃない。敵として狙った相手と手を組むだって?それも、この場を生き延びるために?そんなこと……受け入れられるはずがないだろう」
    俺は頭脳をフル回転させて、可能性を探った。
    メリッサを説得できるとしたら。
    俺の脳裏に、鞭を持って高笑いをする少女の姿が蘇る。
    「あのリーダー格のやつが合流してからでも……」
    つい反射的に口にしてしまったが、それは明らかに逆効果だった。
    「そうではない。ヴァネッサへの義理立ても無視していいわけではないが、それ以前の、私の美学の問題だ!」
    「でも合理的」
    説得するつもりがあるのかないのか、ライサは淡々と繰り返す。
    メリッサは余計ムキになって言い返した。
    「私は常に、美しい私がもっとも輝くことを意識している。それが美学だ。信念に基づいて散ってこそ、美しいんだ。生き延びるために手段を選ばない、そのような美しくない行動は、私にはできない」
    マカロンは腕組みをして、うんうんと頷く。
    もしやメリッサの言葉に感銘でも受けたのかと思ったが、ライサを見上げて身も蓋もない質問をした。
    「むずかしいおはなしだけど、きっといいこといったんでしょ?」
    「いいことかは微妙かな」
    ライサは素っ気なく答え、それを耳にしたメリッサはそっぽを向いてしまう。
    「まいりましたね……どうやら、意志はかなり固そうですぜ」
    ハンペンにため息をつかれるまでもなく、俺は説得の不首尾を悟らざるを得ない。
    アニマ、あるいはゼノアニマという強敵との遭遇も想定されるなか、リーニャ・タウンを救うため、彼女らを戦力に加えられれば事態の打開に寄与することは大いに期待できるのだが、それは断念する他なさそうだ。
    「まあ、本人がそう言うなら仕方ない。でも、とりあえず俺たちへの攻撃だけは控えてもらいたい。それどころじゃないからな」
    これにも異を唱えるようなら、いっそこの場で取り押さえようかとも思ったが、彼女の美学とやらが今度は俺たちに味方した。
    「当然だ。背後から襲うような真似はもちろん美しくないからな。それは約束しよう」
    どうにかアニマとメリッサ、両方を同時に敵に回す事態は避けられそうだ。
    それで手を打とうとしたところにライサが割りこむ。
    「待って。あなたたちは状況が見えていない。決意が固いから仕方ない、なんて生易しいことを言っていられる状況じゃない」
    おぉー、とマカロンが目を見張った。
    「ライサがいっぱいしゃべりだした」
    まぁ、ライサも状況に危機感を持っていて、どうにかしたいという熱意を持っていることはわかる。だが、メリッサを感情的にさせたのは、半分くらいライサの責任ではないだろうか。
    状況が厳しいのは事実だし、メリッサの協力が得られれば大きいのも確かだ。しかし、どんな理屈を聞かせたところでメリッサの「美学」という判断基準を覆すことはできないだろう。一体どうするつもりなのか。
    俺が内心で抱く疑問が聞こえたわけではないだろうが、ライサはこの上なくきっぱりと答えを示す。
    「メリッサ。あなたに、決闘を申し込む」
    俺は危うくひっくり返るところだった。
    一体なにを言い出すつもりなのか。
    「決闘!?いや、それこそ、そんなことやってる場合じゃないだろ!」
    俺の抗議にライサは耳を貸さない。
    「私が勝てば従ってもらう。負ければ……彼を好きにしていい」
    「お、おい、待て、勝手なことを言うな!それに、ふざけた雰囲気だけど、実力は本物だぞ。アニマと戦っているところ、ライサも見ただろう」
    懸命に言葉を重ねると、ライサは俺を見つめ、自信ありげに微笑む。
    「でも私は力を得た」
    「あ……」
    それは、それなりのアドバンテージではあるのだろう。しかし、メリッサを圧倒するほどの力をライサに与えられたのだろうか。いや、ライサは大言壮語を吐くタイプではなさそうだ。勝てるという自信があるからこそ、こんなことを言い出したに違いない。
    そうは思うものの、不安は拭えずにいる俺とは違い、ライサは自信満々だった。
    「さあ、どうするの。まさか、逃げる?そんな見苦しいことはしないと思うけど」
    らしくもない、そして単純にして強烈な挑発。
    メリッサはぎらりと目を光らせる。
    「ああ、もちろんだとも」
    その目を俺に転じて宣言した。
    「覚悟してもらおう」
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