天啓パラドクス(テンパラ)公式小説

「天啓パラドクス」ノベライズ

──2章1話──

  • 俺たちはリーニャ・タウンへ足を踏み入れる。懐かしい町の風景……のはずだったが……。
    「ひどい……。さっき出てきた魔物、町の中にも入り込んでたのね」
    周囲を見回して顔をしかめるソフィア。
    立ち並ぶ建物のそこかしこに破壊の爪痕が刻みつけられていた。
    ソフィアにとっては生まれ育った故郷、家族も同然の町なのだから、傷つけられた姿に心を痛めるのは当然だろう。
    マカロンがギュッと俺の服の裾を掴む。
    「なんかケガしてる人がいるよ……。いたいの、かわいそう……」
    その言葉通り、通りにはケガをしてうずくまる人の姿も少なからず見受けられた。
    ソフィアの声に無念がにじむ。
    「前の災禍に比べればよっぽどマシなんでしょうけど……」
    「いつ見ても理不尽ですな、こういうのは」
    普段、飄々としているハンペンも、さすがに粛然とした様子だ。
    「どうする、ソフィア。先に実家の様子を見に行きたいだろ?」
    寄るところがあると言っていたが、街がこの有様では後回しだろう。そう思っての言葉だったが、ソフィアは違う意味に取ったらしい。
    「あ、うん……。じゃあここで一旦、分かれよっか? 」
    「はぁ!?なに言ってんだ。この状況で別行動とか、ありえないだろ」
    「だって、マカロンがお腹を空かせてるでしょ」
    「いや、それはそうだけど……」
    俺はマカロンの頭に手を乗せた。
    「ごはんまでちょっと待つくらいなら、平気だよな?」
    「あう……おなかは、へいき……!マカロン、だいじょうぶ……」
    マカロンはお腹を押さえてちょっと切なげな表情をしたが、俺を見上げて頷く。
    「……ということだ」
    「ありがと。じゃあ一緒に来てもらってもいい?本当のことを言うと、そのほうが心強いし」
    「当然ですぜ、姉御」
    ソフィアは頬を緩め、不安を振り払うように明るい口調を作った。
    「家が無事なら、うちでマカロンにごちそうしてあげられるし」
    じゃあさっそく、と言いかけたところで耳慣れない物音がした。
    目を向けると、妙な物体がこちらに向かって突っこんでくる。
    車輪が四つ付いた箱形の形状は馬車を思わせた。しかし、馬に引かれるでもなく自発的に動いているように見える。後部からは煙を吐き続けていた。
    乗り物と思しき奇妙なそれは、町中の耳目を集めつつ爆走し、唐突に甲高い摩擦音を鳴り響かせて停車する。
    勢いよく開いた扉から、三つの人影が飛び出した。
    「そこまでよっ!災禍の導き手っ!!」
    先頭に立つ女が波打つブロンドを指の先で払い、手にした鞭の先をこちらに突きつける。
    向かって左、こちらは剣を構えた女が眼光鋭く俺を睨んだ。
    「これ以上、好きにはさせないよ」
    「え、俺たちに言ってる?」
    視線は明らかにこちらに向けられているが、あいにく心当たりがない。
    しかし、先方は俺たちの戸惑いなどお構いなし、声高らかに名乗りを上げる。
    「華麗なる剣さばきで悪を討つ!情熱と美の魔剣士、メリッサ!」
    ……と、これは剣を構えているほう。
    「あ、えっと、すごい研究で悪を討つ。知性と技の機工師、シャーロット」
    ……と、これは向かって右、ボブカットにカチューシャ代わりの眼鏡を乗せた人当たりの良さそうな少女が、一段低いテンションで続いた。
    最後にブロンドの女が鮮やかな鞭さばきを披露し、その先端を俺に擬す。
    「絢爛たる疾風の鞭で悪を討つ!正義と愛の伝道師、ヴァネッサ!」
    そして三人はそれぞれに彩りの違う声を揃えた。
    「我ら、天啓のエンフォーサー!世を乱す貴様の身柄、天に代わって確保するっ!!」
    ……えーと。どこからツッこめばいいのやら。
    面食らう俺の横、ソフィアが指の先で頬をかく。
    「ひとり明らかに乗り気じゃない人がいるわね……」
    俺がそちらに目を向けると、シャーロットと名乗っただろうか、人当たりの良さそうな少女は微妙に視線を逸らした。
    遠巻きに見つめる人垣から子供の声がする。
    「ママー、あのひとたち、なーにー?」
    「しっ、見ちゃいけません」
    あー、うん。お母さん、その判断は正しいと思います。
    思わず頷くと、マカロンもソフィアの袖を引いた。
    「ソフィア、あのひとたち、なーにー?」
    「しっ、見ちゃいけません」
    通りすがりの賢母にならって応えるソフィアを、ヴァネッサだったか、中央の女が鞭で指す。
    「待て待て待て!あんたたちは当事者でしょ!目を逸らすんじゃないわよ !」
    少し離れたところでおじさんの人の良さそうな声がした。
    「がんばれよ、そら、おひねりだ」
    そしてコインが投げられる。放物線を描いたそれを、剣士と思しき少女が空中で掴み取った。確かこの娘はメリッサ。
    「私の美しさを目の当たりにすれば、金銭を差し出してしまうのも自然の摂理として致し方のないことだな」
    フッと気取った仕草で髪をかき上げるメリッサに、ヴァネッサは憤慨も露わに鞭を振り回す。
    「あたしらは芸人じゃなーいっ!メリッサも普通におひねりを受け取ってんじゃないわよ!」
    「そうだよ。受け取ったらちゃんとお礼を言わないと」
    「そういうことでもなくて!!」
    やいやいと騒ぎ始めた闖入者に、俺は黙っていられず呼びかけた。
    「えっと、俺たちに何か用‥…なんだよな?」
    はたと動きを止めたヴァネッサは、傲然と胸を張る。
    うむ、胸を強調するデザインのおかげもあるが、なかなかご立派なものをお持ちでいらっしゃる。
    「当然でしょう、災禍の導き手。おまえを討ち倒し、世の中を平和にするのがあたしの使命っ!素直に降伏すれば痛めつけたりはしないわ。天啓の名において!今こそ正義を果たすときっ!!」
    パラパラと、周囲の人垣からまばらに拍手が起こった。
    「だから見世物じゃないって言ってるでしょーがっ!!」
    怒鳴るヴァネッサの背中をシャーロットがつつく。
    「ねえ、ヴァネッサ。ボク、もういたたまれないよ」
    「何を言っているのよ、ここまできて」
    「こんな注目を浴びながら戦うの?」
    「望むところよ。衆目環視の中、正義を執行するの」
    フッ、と再びメリッサが気取ったポーズを取る。
    「そもそも美しい私がここにいる時点で、人の視線から逃れることなどできないだろうね」
    言いながら、メリッサはちらほら飛んでくるコインを一つも残さずキャッチしていた。
    それだけでなかなかいい見世物になっていると思うのは俺だけではあるまい。
    「おひねりも結構集まっちゃってるし。みんな正義の執行より楽しいショーを期待してると思うよ」
    「じゃあ受け取らなきゃいいでしょ!シャーロット、さっきから何をそんなにもじもじしてるのよ」
    「だってこんな空気でボク……戦えないよ……」
    シャーロットは伏し目がちに周囲をうかがい、意を決したように顔を上げてヴァネッサに訴える。
    「それにほら、この町では災いが起きたばかりなんだよ。そんなときに事を荒立てて騒ぐのって、良くないと思わない?」
    「むぐ……そ、そう言われると、そんなような気がしてきたわね」
    「でしょ!?じゃあすぐ、車のエンジンかけるからね」
    シャーロットは乗ってきた怪しげな乗り物に飛びついて、なにやら操作を始めた。低声でひとりごちる。
    「ふー、よかった。こんなの恥ずかしすぎるもんねー」
    「ん、なにか言った?」
    聞きとがめたヴァネッサに、シャーロットは言い繕う。
    「覚えておけ、災禍の導き手……って言ったんだよ」
    「そ、そうよね!この場は見逃してあげるけど、次はそうはいかないんだから!」
    ビシッと突きつけられた鞭に向かって、俺は思わず頭を下げた。
    「あっ、はい……」
    「また来るつもりみたいね……」
    げんなりするソフィアとは対照的に、マカロンは満面の笑みで手を振る。
    「おもしろかった!またきてねー!」
    「よーし、撤退!」
    ヴァネッサの号令に合わせて三人は乗り物に乗りこんだ。
    乗り物はなにか震えるような音を立てていたが、その音が急に勢いを失って途絶える。
    「あ、あれ、エンジンかかんないぞ」
    懸命に操作を繰り返すシャーロットに、どこかのおじさんから声援が飛んだ。
    「よくわからんが、がんばれよー」
    「ふふっ、私の美しさはまたしても人を魅了してしまったか」
    勝手な解釈で悦に入るメリッサの隣でシャーロットが頭を抱える。
    「うぁーっ、このタイミングでエンストしたー!!」
    「なんですって!?どうするのよ!?」
    「どうって……押していくしか……」
    ぐぬぬ、と呻きながら鞭をたわめたかと思うと、ヴァネッサは乗り物を降りた。残るふたりもそれに続く。
    「覚えてなさい!災禍の導き手!」
    眼光だけは鋭く捨て台詞を残すと、三人はえっちらおっちら乗り物を押して去っていく。
    その姿に、周囲の住民からは拍手と声援が送られた。
    「……俺がなにをしたと……?」
    「たぶんあなたの変な商品を売りつけられた人たちなんじゃない?正義がどうとか言ってたし」
    「俺を悪徳商人みたいに言うなよ!俺はいつも真っ当な取り引きをしてきたぞ!」
    正当な自己弁護のはずだが、ハンペンは皮肉交じりに肩をすくめる。
    「確かに、ダンナがそんな計算が立つお人なら、とっくに大金持ちですし」
    「役に立たないガラクタ売りつけられて怒ってるのよ、きっと。次に会ったらちゃんと返品対応しなさいよね」
    ソフィアの誹謗中傷に、意味がわかっているのかいないのか、マカロンが笑顔で同調した。
    「わー、あくとくしょうにん!」
    「俺は誠実さが売りの商人だぞ!」
    俺の抗弁は、謎の三人組が立ち去った街に空しく響いた。
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